間違う。

2019年10月14日おもう

(リバイバル版初回投稿:2019年1月25日)

分、また
いろんなことを
でも、大きなひとつのことを
思いっきり間違えたんだなぁ、って
本気で間違ったんだなぁ、って
そんな風に思う。
そうでなけりゃ、あたし
これっぽっちも気付くことできないのだろうし。

ド近眼なものの見方、ことの考え方になってる、とか
自分のこと、“客観的に”どころか
主観的にでさえ少しも分からなくなってる、とか
そういったときの自分の言葉は
ただ、不安なだけで
ただ、不満なだけで
ただ、思い通りにしたいだけで。
そのこと、なんとなくは気付いてみて
そんな自分がイヤで、苦しくて
けれど、それでも本当には
“そんな自分”に気付けてなくて、分かってなくて。

だから、やっぱり
思いっきり苦しんでみるしかないんだな、なんて。
これくらいには苦しんでみて
それでも、果たして
どれくらい分かったのか
どれくらい“実感”として分かったのか
あたしのことだもん、かなり怪しいものだけれど

それでも、少しだけ
気付くことできたかも、って
そう思ったら

ああ、良かった・・・

って、涙が出て来ちゃった(笑)。

きっとさ、この先も
何歳になっても、年齢は関係なしに
こうやって気付いて
こうやって気付くしかなくて。
そうして、ようやく
自分のこと
ちょこっとだけ分かるのかな、って
そんなあたしなんじゃないかな、と思う。

分かってないこと
分かってるつもりになってるだけのこと
大きく間違うたびに
ちょこっと、ね。

それでも、まだ
ちっとも分からなくて
すぐに分からなくなって
案外、あっさりと
忘れちゃったりもして。

だから、また間違って
また少しだけ分かって。

この2年の中で、おそらく
一番調子悪いんじゃないかなぁ、なんて
そんな風に思う今のあたし、だけど
全部“うつ”のせい
ってわけでもないよな、と
そう思ってさ。
酷く沈む日々の中でも
ちょっとだけ大丈夫な時間、なんてのが
ときどきだけ、あったりして
その大丈夫な時間をとっつかまえて
ちらっと考えてみて。

んで、こうしてキミに
久しぶりに話してみたくなったよ。

これが
大丈夫じゃない時間の自分の負担を
どれくらいかは分からないけれども
減らしてくれたらいいな、なんて思いながら。