写し鏡。

2018年1月26日おもう

と人は写し鏡だから」

少し前にキミが言ってた言葉。
昔、誰かも同じこと言ってたなぁ、と
思い出しながら聞いてた。
最近、別の友だちとも
「鏡」ってこと話してて・・・

なんか、今のあたし
そこ、なのかな。

 

人と人は写し鏡。
優しさを映せば、優しさが
怒りを映せば、怒りが。
あたしから相手へ
相手からあたしへ。

ってことは、じゃあ
相手に「こうしてほしい」ことは
“あたしが”そうすればいいのかな。
自分の気持ち、そこに合わせて
本心からそうしたい、と思って
そうやって話して
そうやって動いて。
そしたら・・・それも
“写る”かな。

自分の「こうしてほしい」が
すぐには返って来なくても
全部は返って来なくても。
思っていたのとは、考えていたのとは
ちょっと違った風に返ってくるかもしれないけれど。
だけど、そんな風にして相手と
付き合っていく
想い合っていく
分かり合っていく
そんな関係ってちょっとステキじゃない?なんて
きっと、そういう相手をあたしは
“本当の友だち”と思えるんだろうなぁ、なんて
そんなこと、思っちゃったよ。

 

そして、ちょっぴり話はズレるかもしれないけど
そんな相手という鏡を通して
自分のいいところ
悪いところ
見えることもある。

いいところ、悪いところ、そういうのって
あたしはなかなか
冷静に自覚できないから
客観的に判断できないから。
だから、相手の“鏡”って
とってもありがたいよなぁ、と
そんな風にも思う最近なんだよ。

 

じゃあ、鏡をぶち壊してくる人とは
どうするのがいいんだろう、ってやつ
それ、ここのところ、あたしも
ずっと考え中。
あたしも以前は
鏡をぶち壊す側にいたわけで
そうやって自分からひとりになって
だけど、酷い孤独に苦しんで。
あの頃のあたし
何を望んでいたかなぁ、と
どうしたかったかなぁ、と
考えてはみるけれど
びっくりするほど思い出せなくて。

けれど
鏡を壊したかったわけじゃない
本心からひとりを望んだわけじゃない
このふたつは多分
合ってる、って思う。

 

ひとり、なんて
あたしはイヤだ。
写し鏡で
いっぱい嬉しくて
泣いてるほうがいい(笑)。