そこにある想い。

2018年8月13日おもう

ミへのメール
送りたいときに送れる、ということ

“そうしていいよ
連絡くれること、ありがたいと思ってるんだ
返信はままならないけど
いつも、ちゃんと読んでるから”

そう言ってもらえるあたしは
とっても、とっても
助かってるよ。

キミの負担になるのでは?と
我慢しなくちゃならないんだとしたら。
そんなの、きっと
すごくしんどい。
読めるとき、読みたいときに読んで
返信できるとき、返信したいときに返信する、
書きたいことを書いて送ってきてくれる、
そんなキミだから

あたしも、また
キミからの返信があっても、なくても
あまりそこにはこだわらずに
「話したいな」って思ったときに
「話したいな」って思ったこと
時間さえもあまり気にせず
送らせてもらってる。

ありがとう
そんな風にさせてもらってること
いつも、全部読んでくれてること
本当にありがとうね。

 

あたしは、すごく
淋しがりだし
人に依存しがちで
すぐ苦しくなる。
けれど、そうやって
「つながってるんだ」って
心からそう思えるとこに
言葉、置いてみて
すぐじゃなくても
言葉が、気持ちが返ってくると。

「あったかい」

なんだか、そう思える
安心するね。

“なかなか返信がない”って
平気なわけじゃないけれど
でも
ちゃんと読んでくれてることも
そのうち返信があることも
・・・ん、分かってるもん。
だから、しばらくの間は
なんとか大丈夫(笑)。

 

ひとり、はつらい。
でも
ひとりになることを恐れて
“我慢”もつらい。
そういうの、分かってくれてるのかも
分かってくれてるからかな
そんなことを今日もまた
勝手に思い込んでみて・・・

そっか、あたし
それなりに大事にされてる、って
そう思っていいんかな(笑)。

ありがとう。
こんなあたしなのに
これまでずっと
これからもいっぱい
いつもいつも、本当に
ありがとう。

 

<追伸>

この間話したこと(⇒ 真夜中のメール。(2011.12.4 の記事))と今日話したこととを
並べてみたときに
ちょっと・・・矛盾してる?
そう思わなくもないけれど。
でも、どっちも
“あたしの気持ち”
思ったままに、そのままに話してみたら
こうなった。

こんなもんかもね
おもしろいね(笑)。