お伊勢参り ②

2017年7月15日思い出のとき

この記事は「お伊勢参り ①」の続きになります。

しばらくすると、わたしはだんだん出社できなくなっていきました。
「会社で何をすれば良いのか分からない」ということが
直接の原因というわけではないですが、無関係ではないと思っています。
わたしは大学院2年の半ば頃から心療内科に通うようになっていました。
こころの調子を崩していました。ですが、それほどひどかったわけではありません。
なんとか修士論文を書き上げ、無事、大学院を修了したし、
「もう少しの間、薬に助けてもらうことにはなりそうだけど、普通に働いていける」と、
こころの不調に対する大きな不安もなしに自分でそう思える程度でした。
けれども、社会人になってからの慣れない東京暮らし、慣れない電車通勤、
そして、会社での状況と、悩み過ぎてしまう自分の性格など、そういったことが
加わって、重なって、かけ合わさって、急速に消耗していった……というのは
「きっとこういうことだったんだろうな」と今の自分が思うことではありますが、
そうしてだんだんと欠勤が増えていき、そのうちほとんど出社できなくなりました。
おそらく、まだ6月とか5月とか、それくらいだったと思います。

その後、夏頃に2~3週間ほど入院し、詳しい説明は今回省きますが、秋には解雇されています。
入院前には、わたしにとって“人生最悪”とも言える、悪夢のような出来事も経験しました。

話はぐーっと戻りますが、今年の1月3日、伊勢神宮の
外宮(げくう)から内宮(ないくう)へ移動するバスの中でわたしが旦那さんに話したのは、
当時、自分は会社で一体何をすれば良いのか全然分からなかった、
そして、そのことですごく悩んでいた、というそのことでした。
なぜかは分からないけれど、それがふと思い浮かんで、なんとなく話し始めた自分がいました。
何かを期待していたつもりもなかったと思います。
ところが、旦那さんから思いがけない言葉が返ってきました。
(旦那さん)
「自分もそうだったなぁ。東京 (支店) は仕事全然なかったから」
(わたし)
「えっ!?そうだったの?」
「じゃあ……わたしがおかしかったとかダメだったわけじゃないんだ……」

その瞬間も今も、目に涙がにじんできます。
旦那さんの言葉を聞いたとき、わたしは
自分の中で固まってしまっていた何かが溶けていくような感じがしました。
悩まなくてもいいことでずっと悩んでいた、そういう言い方もあるのかもしれません。
でも、わたしにとっては、その言い方になるようなことじゃなかった。
自分の中で何かが溶けていくその感じがそのときの全部だったし、とても大切でした。
たまたま、当時同じ部署の先輩だった人がその後家族になり、今も家族であるために、
同じ部署にいた者同士としての話を今になってからでもできたし、
「自分(旦那さん)もそうだった」ということまで、16年経って知ることができた。
こんな風に「後から知ることができる」とか、こころの中にずっとあった
引っかかりや固まりみたいなものが「 直接的に溶ける」ようなことって、
もしかしたら、それほどよくあることではないのかもしれない。
そう思ったりもして、誰に対しての気持ちなんだか分かるようでいてよく分からないけど、
ありがたくて、本当にありがたくて、その意味でも涙が出そうになります。

旦那さんから聞いた話がもう1つあります。
当時、わたしが所属していた部署のリーダーであった上司のNさんは、
今から何年前のことかは分かりませんが、会社を辞めたのだそうです。
勤務地に関して条件が合わず、折り合いがつかなくて、退職という選択をされたようです。
先ほど、「入院前に“人生最悪”とも言える出来事を経験した」ということを書きました。
その出来事自体には、会社も会社の人も全く関係ありません。
けれど、これも詳しい説明は省きますが、その出来事よりも前、
わたしが出社できなくなったときのNさんのある対応、行動が、わたしには
「その後起こった“最悪”な出来事を“最悪”にした要素の1つ」のように思えてしまっていて、
それから16年近くの間ずっと、Nさんに対して恨みや憎しみの気持ちを抱えてきました。
そんな気持ちを抱くのは間違いなのかもしれません。
出社できなくなったことについて、大部分は“自分の問題”であったのだし、
会社としては、Nさんのあの対応、行動で「正しかった」ということになるのかもしれない。
それでも、わたしとしては、もう少し慎重さと配慮が欲しかった。ずっとそう思ってきました。
結果(その後の出来事)は変わらなかったかもしれないけれど、それでもです。
そのNさんが会社を辞めたのだといいます。
それを聞いて、わたしはとても不思議な気持ちになりました。
「もう恨まなくていいんだ」「ああ、やっと楽になれるんだ」
そんな感じでした。
怖いことを言うようですが、別に、Nさんが会社から追放されたとか、
何かひどい目にあったとか、人生転落したとかで、
「ざまぁ見ろ!」と思えた、間接的に恨みを晴らせた、というようなことではないわけです。
そういったことは何も起こっていません。Nさんが会社を辞めたということを聞いただけです。
にもかかわらず、なぜか「もう恨まなくていいんだ」と素直にそう思えてしまった。
自分の中で何がどうなってそうなったのか……未だに「?」です。不思議なものですね。

16年も恨み続けるのは、けっこうしんどかったです。
旦那さん宛てに来たNさんからの年賀状を見て、
そこに印刷されている家族写真の中のNさんに激しい怒りが込み上げてきて、
どうしても我慢できず、その年賀状をビリビリに破いてしまったこともありました。
ずっとずっと「あいつのせいだ!」「あんな奴!」と思ってきました。本当に憎かった。
その気持ちをなかなか手放せないでいました。でも、やっと終わったみたい。
Nさんに対するぐちゃぐちゃした気持ちの渦は、今年のはじめに伊勢で、
案外あっさりと、不思議な消え方をしていったのでした。

 
年明け早々のわたしの体験。伊勢でのおはなしはこれでおしまいです。

 
最後は、伊勢神宮の写真……これは2014年1月に撮ったものではありますが、それと、
今年1月に撮った二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)の写真です。
 

伊勢神宮 外宮(2014年1月)

2014.1.1 写真

 

2014.1.1 写真

 

伊勢神宮 内宮(2014年1月)

2014.1.1 写真

 

2014.1.1 写真

 

2014.1.1 写真

 

2014.1.1 写真

 

二見興玉神社(2017年1月)

2017.1.3 写真

 

2017.1.3 写真