心を進む 7:“引っかかり”~大学へ

勉強のこと

この記事は 2015年9月3日に書いた「心を進む。6」*1 の続きになります。

「心を進む。6」は、大まかにはこんな内容でした。

2013年秋から心理カウンセリングの学校(「学校K」と呼ぶことにします)に通っていましたが、2014年秋、学校Kが破産。2級の講座を修了し、次は1級、というタイミングでした。進もうと思っていた道が突然なくなり、わたしは「どうやって勉強を続けていこう」とか、それ以前に「本当にまだ勉強を続けたいと思っているのだろうか」と考えることになります。悩み、考えて「勉強を続けたい」「産業カウンセラー養成講座に行こう」という結論を出したわたしは、資料請求をしたり、申し込む気持ちはほぼ固まった状態で体験教室にも参加しました。けれど……。

 

結局わたしは、産業カウンセラー養成講座には申し込みませんでした。
体験教室が終わったらすぐにでも申し込もうと思っていたのですが、
実際には、なんとなく気が乗らないというか、申込書に記入しようとしない自分がいました。

なんだろう……なんか変だな、何が引っかかっているんだろう?

わたしは、体験教室のときの講座、先生、クラス全体の雰囲気等を思い返したり、
春から始まる養成講座のカリキュラムを再度確認したりしながら、考えました。
友だちにもまた話を聴いてもらいました。

そうする中でだんだん分かってきたのは、

「あ、今、わたしが行きたいのはここじゃないんだ」

ということでした。
雰囲気的にも、内容的にも、産業カウンセラー養成講座は
その頃の自分にあまりぴったりしていない、そういう“引っかかり”だったのでした。

よく考えて選んだつもりだったけれど、今になって考えてみると、
(後からなら何とでも言えてしまう、ということもありますが)

「学校Kがなくなっちゃった。どうしよう」

と思って焦ったり不安になる気持ちがやっぱりあって、それが決して小さくはなかった、
それに加え、“何者でもない自分”(何の社会的立場、役割も持っていない)に対する劣等感から
つい「資格、資格」というところに強く意識がいってしまったりもしていた、
少しでも早く、少しでも多くの安心感が欲しくて、それで
知名度の高い産業カウンセラーの講座を選んだのだったり、その選択に納得しようとしていた、
“引っかかり”や“ぴったりしない感じ”があっても、感じないようにしていた、

もしかしたら、当時の自分の中に
そういう部分がけっこうあったのではないだろうか……そんな風に思ったりもします。

産業カウンセラーの講座は、いつか本当に行きたいと思ったら、そのときに行こうと思います。
この頃の自分にとってはあまりぴったりしなかった。そのことにはっきりと気づいた。
だから申し込むのはやめました。

そして、ぐいっと方向転換し、わたしは放送大学に入ることにしました。

 

時間は遡りますが、わたしが「放送大学」という大学の存在を知ったのは、
2011年の春頃に読んだある方(Fさんとしておきますね)の blog の記事がきっかけでした。
Fさんの記事に放送大学のことが書かれていて、内容は「入学願書を出しました」ということだったか、
それとも「入学して初めて印刷教材が届きました」というようなことだったか……
そのあたりのことだったんじゃないかなぁと思うのですが、
わたしはそこで初めて「放送大学」という名前を知り、覚えたのでした。

学校Kが破産して

「これからどうしよう」

と思ったとき、わたしはFさんのことを思い出したし、
選択肢として「自分も放送大学で心理学を学ぶ」というのが頭に浮かんではいました。
ただ、そのときは

「そこまでは(大学で学ぶことまではしなくても)……いいかな」
「将来、研究がしたいとか、臨床心理士を目指しているとか、そういうわけでもないし」

という感じで、その選択肢は自分にとってまだ「ないな」というものでした。
でも、それは自分に対して言い訳や正当化をしていただけであって、
実際のところは自信がなかったんです。

「今の自分は大学の勉強になんてついていけるのだろうか」
「通信制……自分でしっかり計画、管理して勉強を進めていけるだろうか」
「継続していけるだろうか」
「焦りの気持ちに飲まれずに、じっくりやっていけるだろうか」 などなど

不安だったというよりは、このときはやっぱり全く自信がなかった。
「やれる」とか「やってみよう」なんて少しも思えず、
「大学」という選択肢はまだまだ自分からは遠いものでした。

 

産業カウンセラーの講座を選ぶことに“引っかかり”を感じ、あれこれと考え、
「今、行きたいのはここじゃないんだ」ということがだんだんに分かってきて
申し込みをやめる気持ちが固まっていく中、
再び「自分も放送大学で心理学を学ぶ」という選択肢が頭に浮かびました。
そして、今度は「やってみよう」と思えました。
「やってみたい」という気持ちが大きくなっていきました。
自信がついてきたというわけじゃないし、
不安なことや心配なことは考え始めればやっぱりいくつも出てきたと思います。
だけど、“引っかかり”のときに

自分のことや「こころ」のことで
わたしがこれまでにやってきたこと、これからやっていくことの“土台”を固めるという感じで、
大学で心理学を学ぶっていうのもけっこういいんじゃないかなぁ

というようなことを思ったりもしていて、
そう思ったらだんだんその気になってきたり、わくわくしてきたり、
それってすごくいいかも、くらいに思えてきたりもして。

 

ちなみに、放送大学以外の大学というのは、特に考えませんでした。
やっぱり「焦っていた」というのはあって、
「他の大学も考えてみる」というのが考えとして全然浮かばなかったし、
浮かんでいたとしても、落ち着いて調べたりじっくり検討できたかどうか……。

でも、それもそうなんだけど、なんていうか、他大学のことが全く思い浮かばなかったのには
“縁”とか“直感”といったあたりを信じていたというのも関係ありそうです。
Fさんの記事を読んでいなかったら、わたしは放送大学を知っていたかどうか分からないし、
Fさんと交流がなかったら、その記事のことも大学のことも忘れてしまっていたかもしれない。
本当にちょっとしたことかもしれないけれど、そういったことにわたしは
なんか“縁”だったり“つながり”みたいなものを感じちゃって。
それと、大学のホームページや資料を見て
「良さそう」「大丈夫そう」と感じたというのはもちろんあるのですが、
それだけでなく、ちょっと不思議なことかもしれないけれど、
ほんの一部かもしれなくても blog を通じて知ったり感じたりしたFさんの人柄というものも
その「大丈夫そう」というところに加わって、
「きっとここで大丈夫だ、なんかそんな気がする」という感じがしたんですよね。

わたしにはこれで充分だったんじゃないかなぁ、そんな気もしてきます。

 

そんなこんなで、2015年の春から放送大学にお世話になっています。
今、3年目です。

特に卒業を目指しているわけではないのと、
大学以外にもワークショップに参加したり、本やオンライン講座で学んだり、などなど
そういったことと並行してやっていることもあるし、
あと、無理はしない、休息をしっかり取る、ということも大事にしているので、
大学の勉強のペースはけっこうのんびりです。

楽しんでじっくりやっています。

 

2017.10.8 空

 

 


*1 2014年8月~2015年9月に「心を進む。」というタイトルでシリーズものの記事を書いていました。「心を進む。1」~「心を進む。6」まであり、学校Kのことや、「心理カウンセリング」というものについて思うこと、それから、カウンセリングでの自分のある体験なんかを書いたこともありました。今回、「続きはまた書きますね」としたままになっていた「心を進む。6」の続きを、今頃ではあるけれど書いてみることにしました。
なお、現時点では「心を進む。1」~「心を進む。6」は公開していないため、読んでいただくことができません。ごめんなさい。この先、リバイバル版blog「旧 たとえばこんな不器用な雲。」に掲載する予定ではありますが、相当先のことになりそうです。古い順の投稿で、現在まだ2011年9月の記事を投稿しているところなので……。