自分という存在

2018年12月1日心のこと*1

(移転後初回投稿:2017年7月3日)

今日は、ぼんやりしているときに、とか、掃除をしながら、とか、
少し休もうと横になっていたら、とか、
何度か涙が出てくる場面のあった日でした。

ちょっとだけ泣いたり、いっぱい泣き続けたりしました。

 

「なんで」だったり「何に」といったこと(涙のワケ)、
どうにか書き表せないかなぁとも思ったけれど、どうしても言葉にならないのは、
「なんで」とか「何に」とかいうようなことじゃないからなのかもしれない。
こころの深いところからわき起こってくるような、悲しみや恐れ、絶望感にも近い気持ち……
こういった気持ちを感じること、数か月前からときどきあります。

“うつ”のときの感じともちょっと違う気がする。

 

この気持ちに気づいてからこれまでは

「この気持ちの元(根っこ)には一体何があるんだろう?」
「根っこにたどり着きたい、つかみたい」

と思っていました。
そして、それは今でもあまり変わってないと思う。だけど、今日これまでと違ったのは、
自分の気持ちが、涙が、当然のもののようにも思えたこと。

「自分ってなんだろう?」

とか

「人間って?」

ということを一生懸命考えていくと、自然にたどり着くところだったりするのかな、
なんて、なぜかそんな風に思えてしまって。

 

この悲しみや恐れ、絶望感にも近い気持ちのようなものは、
このまま持っていてもいいのかもしれない。

ちょっと(だいぶ?笑)苦しいときもあるけれど、
必ずしも悪く捉える必要はないのかもしれませんね。

 

いっぱい泣いて、だいぶすっきりしました。
いっぱい泣いたから、またちょっと頑張れそうです。

 


先日、ヒプノセラピー(催眠療法)の講座に参加してきました。
下の動画は、そのときに紹介された「Powers of Ten」です。
書籍でも出ていて、講座では書籍のほうを(動画じゃなくて)見せていただきました。

どんな話の流れでこれが紹介されたのか、とか、なんでここにこの動画を貼ったのか、
といったことについての説明は省きますね。
ただ、一緒に楽しめたらいいな、と思って^^

 

「Powers of Ten」について:Powers of Ten – Wikipedia
※ここでの「power」は「力」ではなく「べき乗」という意味