2018年12月22日ときど記

(移転後初回投稿:2017年7月6日)

4月末~今月中旬にかけて、自分の部屋の収納見直しをしました。
テキスト、本、資料、ノートが増えてきたので、

「これ以上増えてしまう前に、一度(それらの)収納を見直そう」
「思い切って本棚を買い替えよう」

と思ったのが始まり。

どうせやるなら……と、本棚だけでなく、
自分の部屋全体、もちろんクローゼットの中も、全部やることにしました。

 

最初にしたのは、本棚の購入。
アウトレットの家具屋さんやホームセンターなどを見てまわり、
大きさも色も納得の本棚に出会えました。

配送は約2週間後……ちょっと待たなくてはならないことに
その場では少し残念な気持ちになっちゃったけど、後から思うとこれで良かったのかも。
それと、特に考えがあってのことではなかったけれど、最初に本棚を買ったのも良かった。
どれくらいの大きさのものが来るかが分かった上で部屋の整理ができるし、
2週間後にそれがやって来るまで、ゆっくり片づけができるな、って。

 

部屋の整理をしていて、ふと子供の頃を思い出しました。
よく部屋の模様替えをしていたわたし。
2階の奥の、6畳の部屋を自分の部屋として使っていて、
その中でよく机やベッドの配置を変えることをしていました。

からだを動かして、案外頭も使って、それまでとはちょっぴり違う空間を作る、
そうやって自分は気分転換をしていたのかな……。

子供の頃によく部屋の模様替えをしていた、なんてこと、ずっと忘れていたけれど、
今回の片づけで思いがけず思い出し、“今”の体験、体感から当時の自分を想うことに。

 

クローゼットの中の物を全部出して、必要なものとそうでないものを分けていく作業は、
過去のいろんな時間や人、出来事に触れることでもありました。
わたしにとってそれは、ちょっと苦しい作業。
「わー、懐かしい!」とその“過去”につい夢中になってしまう、とはならない。
こころがざわざわしたり、まっすぐにそれを見ることができなかったりしながら、
一つひとつ整理していく。

見ることができるものとできないものの差、違い、
当時好きだったもの、大事にしていたものでも、
だいぶ“過去”となった今、苦い気持ちになるもの、
そういったこと、そういった自分に気づきながら、気づいてしまいながらの作業。

 

2016.4.17 写真ゴールデンウィーク中のある日、部屋の片づけに必要な物を買うために普段は行かないお店へ向かっていて、途中、8年ちょっと前に母を入院させた病院の近くを通りました。
道に見覚えがあり、しばらくして

「ああ、やっぱりそうだ。あの病院へ行く道だ」

と分かりました。

息苦しくなりました。涙もこみ上げてきた。
運転席の旦那さんには悟られたくなくて、気持ちが落ち着くまで、顔を左に向けて窓の外を眺めていました。
景色を見ていて、でも見ていなくて、

「今でもまだ苦しくなるんだなぁ」

とか

「苦しいけれど、大丈夫な範囲内になったんだなぁ」

とか思っていました。
こういったタイミングでその道を通ったことの“意味”のようなものも感じたりしていました。

 

「部屋の整理は心の整理」なんて言ったり「禅的掃除」なんてこと言われたりもしていて、
それらに今回わたしの思ったようなことが含まれるかどうかは分からないけれど。

部屋の整理、片づけって、場合によってはこんな風に“(苦い) 過去との対峙”であったり、
その過去に対する今の自分の状態や位置の“確認”だったり、
そういったことにつながることがあるんだなぁ、
これもまた自分のこころを見つめる作業だったんだなぁ、なんて。
わたしはそう思いました。

 

さて、収納見直しのほうは、というと……。

クローゼットの中はしっかり整理できたし、部屋はこれまでより大きな本棚をお迎えしたほか、
それほど高さのないラックにキャスターをつけたものを2つ用意したり、
壁に寄せて突っ張りパーテーションを設置したりして、
以前よりだいぶ広くて明るい(色の効果もあって♪)すっきりとした部屋になりました。

今回けっこう頑張ったー。

手に入れたこの部屋のすっきり感、キープしていきたいです。