トイレの夢が変化した ③

2019年1月5日心のこと*1

この「トイレの夢が変化した」の記事は、①~③の続きものになっています。

トイレの夢が変化した ① (2018年9月23日)
トイレの夢が変化した ② (2018年10月8日)
トイレの夢が変化した ③ (2018年12月1日)   ←今回の記事

「ドアが開いてしまうトイレの夢」を見てから、既に2か月以上経ってしまいましたね。

記事の続きを書いていこうと思います。

前回、夢の内容について書きました。
それまでに繰り返し見てきた似た夢との違いも挙げてみました。

「じゃあ、今回のこの夢って一体何だったんだろうね」というところですが、
まずは、夢のストーリーに対しての感想を簡単に書きたいと思います。

ストーリーの感想

助けてくれる人の存在と、その助けを受け取っている自分、というものが、
わたしにとっては「ちょっと新しいこと」「嬉しいこと」だった。
現実のわたしは、人に頼ったり助けを求めたりするのがあまり上手ではない。
でも、助けてもらっていいんだし、助けてくれる人はいるんだ、と思えた。

次に、夢に出てきたものに「なる」ということをしてみたいと思います。
どういうことかというと、たとえば、今回の夢には“ちょうつがい”が出てきていますが、
このちょうつがいになったつもりで、ちょうつがいの自分としての気持ちをじっくり感じてみます。
もし、自分がちょうつがいだったら……どんなことを思い、どんなことを感じるんだろう?

なぜこれをやるのかという話は後にして、早速「~になる」をやってみましょう。

夢に出てきたものの中から気になるものを3つほど選んでやってみました。
「ちょうつがい」「ドアを押さえてくれた人」「窓」です。
この3つは、それまでの似た夢には出てきたことのない、
今回新しく登場したもの(そのうちの3つ)でもあります。

「ちょうつがい」になる

わたしはちょうつがいです。
わたしはドアを支えています。わたしはずっとここにいます。
ドアが開いたり閉じたりして人が出入りするのをずっと見てきています。
わたしの目の前を人は通り過ぎるばかりで、誰もわたしを気に留めることはありません。

ドアが重たいです。疲れました。気持ちも重くなります。
こうしているのはもう嫌だ。動きたい。
ドアをつかんでいるのはもうやめよう。
ここでこうしているだけのわたしは、もうやめよう。

「ドアを押さえてくれた人」になる

わたしはドアを押さえる人です。
わたしには現在の状況がよく分かっています。(ドアが落ちそうになっている、中に人がいる)
相手の気持ちを考えることもできます。(きっとこまっているし、恥ずかしさもある)
わたしにはちょうつがいや鍵を直すことはできないけれど、
ドアが落ちないように押さえていることはできます。
自分にできることをしています。
自分からそうすることができます。

「窓」になる

わたしは窓です。
わたしは閉じて(閉まって)います。
内と外を物理的に分けていますが、視覚的にはつないでいます。

わたしは下の端が割れています。
必要な分だけ割れています。
割れているところは風が通ります。声も行き来できます。
そうやって内と外はつながっています。
割れているところで内と外をつないでいます。

夢の意味を知りたいとかいう場合、やっぱり夢占いを思い浮かべる方が多いでしょうか?
「夢」は、実は心理療法(サイコセラピー)でも扱うことがあります。
さまざまな夢理論、夢の取り扱い、手法があるようですが、
「~になる」というのは、わたしが勉強しているゲシュタルトセラピーでよく使われるやり方です。

ゲシュタルトでは「夢に出てくるものは全て自分の断片である」と考えます。
夢に出てくるものに「なる」、そしてその気持ちを感じてみることで、
新たに何かを発見する、自分でも気づいていなかった自分の気持ちや自分自身が見えてくる、
そういったことがあったりします。

少し慣れが必要かもしれないですが、ユニークで面白い方法だと思います。

話を戻して……あと、部屋(トイレの個室ではなく全体)の様子に対して、
今度は自由連想(法)的に少し書き出してみました。

部屋の様子からの連想

  • 広さ、明るさ、清潔さ ⇒ 全体がよく見える、把握できる、行き届いている
  • ほどよい広さ(大きさ)⇒ 等身大
  • ブルーのタイル ⇒ 昔のお風呂場みたい、素朴な感じ

▽参考までに
自由連想(じゆうれんそう)とは – Weblio辞書

こうして出てきたものを並べて眺めてみて、今、ちょっと驚いています。

今回の夢のことを書き始めたとき、
こういうやり方で夢について見ていってみよう、というのははじめから考えていたし、
こんな感じのことが出てくるかなぁ、といういくつかの想像、いくらかの想像もありました。
でも、こういうのって実際にやってみると、想像とけっこう違ったりするんですよね。
何気なく出てきた言葉、思わず出た言葉、そういう自分の言葉に
自分でも驚いたり、後からじわじわときて妙に納得いってしまったり。

今回もそういったことがたくさんありました。
気づいたこと、ちょっと新しいこと、いくつもありました。

最後に全体のまとめや感想を書くか書かないか、少し迷ったのですが、
とりあえず今はそれをここに書くことはしないで、自分の中に置いておこうと思います。

もし、「まとめや結論のようなものを読みたかったのに」という方がいたら、
ごめんなさい。

9月23日に見た「ドアが開いてしまうトイレの夢」の話や、
それについてやってみたこと、「~になる」や自由連想で出てきた言葉、気持ちなど、
3回にわたって書いてきました。

皆さんはどんなことを感じ、どんなことを思ったでしょうか。

2018.9.19 空