心を進む。4(2014.8.14 雲の夢 – その2)

2020年9月11日そうさく

[リバイバル版初回投稿:2020年8月27日]

▽前回の記事

<心理カウンセリングを受ける ② >

先日もおはなししましたが、学校ではカウンセリングも行なっていて
わたしはこれまでに14回カウンセリングを受けました。
初回~6回目くらいまでは来談者中心療法 (傾聴のカウンセリング)、
それ以降は再決断療法という心理療法で
自分を見つめる作業を進めてきています。

カウンセリング自体は、初めて受けてみたのが24歳のとき。 ※今、38歳です。
んで、愛知に来てからは
“うつ”真っ只中だった頃にしばらくカウンセリングを続けて受けていたのと
あと、去年の春から何度か、この頃↑とは別のところの別の先生にお世話になったりもしました。
そういった中で、心理療法としては来談者中心療法と催眠療法 を経験。
認知行動療法 もほんの少しの期間やってみたことあるけれど、わたし、苦しくなっちゃって・・・
カウンセラーの先生と相談して、それはすぐにやめました。
そのときのわたしにはまだ早かったのかもしれません。
それと、ちょっとだけ、簡易的に、という感じでなら
ゲシュタルト療法 を取り入れたカウンセリングもありました。

というのがそれまでのことで、再決断療法というのはここに来て初めて経験しています。
わたしの場合は、通っている学校がたまたま再決断療法を教えているところだから
というのもあって、このカウンセリングを受けていますが
日本ではまだそれほど広くは知られていない心理療法みたい。
これからどんどん・・・ってなるかもしれませんね。

この間から、交流分析 だの◯◯療法だのって
聞き慣れない言葉がちょこちょこ出てくるなぁ、という方もいると思いますが
全く知らない、よく分からない、というのでも大丈夫。
わたしも大して知っているわけじゃないし(笑)。
「そういうのがあるんだね」
というくらいで記事は読んでいただけちゃうんじゃないかな、って思います。

話は戻って。
学校でのカウンセリング
最初のときと、始まって少し経った頃~6、7回目くらいのとき
悩んだことがありました。

最初のときは・・・
学校の先生のカウンセリングを受けるのって、どうなんだろう
この先生のカウンセリング、わたしに合うかな、どうかな
というような悩み。
カウンセラーを選べると良いし、一応はそうできることになっているんだけど
現在、名古屋は先生がひとりで頑張っている状況で、実質“選べない”。
“学校の先生”としてお世話になっている先生にカウンセリングもしてもらうのって
自分はやりづらくなったりしないかな
授業のほうも、カウンセリングのほうも、問題なくすんなりいけるかな、とか
この先生のことは嫌いじゃないし、授業はとても分かりやすくて楽しい、けど
カウンセリング・・・合うかな、どうかな、って。
カウンセリングも人間関係なので、どうしたって合う、合わないが出てきたりもするしね。

それでも、「この先生に話すって感じじゃない」とか「この先生じゃ嫌だ」とか
そういう気持ちがあったわけではないし、あれこれ悩むよりはまずやってみて
なんかうまくいかない、どうしてもダメだ、ってなったら、そのときにまた考えればいいや、と思って
カウンセリングのほうでもお世話になることに決めました。

初回は、カウンセリングを受けようと思った理由みたいなこと・・・
どんなことで困っているか、とか、どうなりたいのか、とか、そういったことや
あと、家族構成や家族状況、心身の病気について(過去のものも含む)などを話しました。
そして、2回目からが実際のカウンセリングで、わたしが話をして、先生は聴いてくださって。
しばらく傾聴のカウンセリングが続きました。

でも・・・何回目くらいだったか、始まって少し経った頃
カウンセリングに違和感を覚えている自分がいて、それに気づいたわたし。

カウンセリングの時間、確かにわたしは話をして、それを先生が聴いてくださっていて
そこからの気づきがあるにはある、何もないなんてことはない、けど
なんか「こうじゃない」と思っている自分がいる。
カウンセリング全体がどこに向かっていて、今、自分が一体それのどこにいるのか
よく分からなくなってしまっている。
話したいことを話したいように話している、というより、「何かを話さなくては」と思っていて
「何かを話さなくては」を満たすための準備をしてしまっている自分がいる、
先生が何を押しつけてきているわけでもないんだけれど
何かどこか相手(先生)に合わせてしまっているかのような自分がいる。
ああ、これはなんだかおかしなことになってきているぞ、これは良くないぞ
そういえば、心療内科に通っていたときにも
“相手(先生)に合わせているような感覚”になってしまったことあったなぁ。
それに、なんだか先生との間に壁を感じる、先生が遠い、恐い。
わたしがいけないのかな、自分がダメなのかな、こんな自分がおかしいのかな
どうしよう・・・・・・。

そんな気持ちがどんどん大きくなってきてしまい、わたしは苦しくなってしまったんです。
それでも、先生にそれを打ち明けることができず、カウンセリングをやめることもできず
そのままカウンセリングを受けてしまっていたりして・・・。
それって多分
「でもなぁ、授業のほうでもまだお世話になるんだしなぁ・・・」
ってことが、自分の中のいろんなことを変にややこしくしたり阻んだりしたかな、なんて思う。
だけど、どうにも苦しくなってしまって
わたし
学校の前にお世話になっていたカウンセラーの先生のとこへ行って
相談しちゃった(笑)。
そこで話を聴いてもらって、泣いたりもして、一緒に考えていただいて
「(学校の)先生に思うままを伝えてみよう」
ってことになりました。

けっこう勇気がいることだったし、ドキドキだったけど・・・でも
学校の前にお世話になっていたその先生に話を聴いてもらったことで
「悪いことは何もないよ、きっと大丈夫」っていう気持ちが出てきたし
次の学校のカウンセリングまで1ヶ月ちょっとくらい時間があったので
その間にゆっくりと覚悟を決めて・・・で、違和感のこと、伝えました。
そしたらね
「よく話してくれたね」「そんな風に思っていたんだね」「言いにくかったね」
って言ってもらえたし、そこからカウンセリングの流れも大きく変わったんです。
再決断療法のワークをやってみよう、となったのも、その回からでした。
それまでのわたしの「こうじゃない」感覚のこととか、本当はどうしたいのかとか
そこを充分に受け取ってもらえた感じがして、すごく安心したし嬉しかった。
伝えてみて本当に良かった、って思いました。

実は、先生に伝えてみるとき、そこで一旦カウンセリングをやめるつもりでもいたのですが
伝えてみたら、なんかその必要もなくなっちゃった。
“壁”と感じていたことは伝えることしなかったけれど
でも、その“壁”を作っていたのはもしかしたらわたしのほうで
でもでも、自分がそうしていることに気づいてなくて、気づきたくなくて
先生に投影 してしまっていたのかもしれない。
それで、「遠い」とか「恐い」とか思ったりもしたのかも・・・。
なんだけど、違和感を伝えて、充分に受け取ってもらえたことで
結果的にその“壁”もなくなっちゃいました。

先生との信頼関係が深まって、そういった意味でも
そこからのカウンセリングがもっともっと深いものに、自分にとって良いものになっていきました。
そのときのことで思うのは
カウンセラーをチェンジする、とか、カウンセリングをやめる、とか、そういう方法もあるけれど
相手を信頼する、自分がちょっと勇気を出す
(そのために頼っていい人には頼る、というのもあるかな)、そこから
こんなにも大きく良い方向に流れが変わることってあるんだなぁ、ということ。
すごくいい経験だったな、って思うし、勉強にもなりました。

あ。こんな風に思う方もいるのかな、ちょっと分からないけど・・・
傾聴のカウンセリングが良くない、悪い、という話ではないですよん。
今のわたしが必要としているのは、もうそれではないみたいだ
今はもっとがしがし!やりたいんだ、ってことなのだと思います。
ということも書き添えておきますね。

最後に、良かったら今日もまた
8月14日のうたピ(歌+ピアノ)、聴いてやってくださいね。

記事を読んでくださった方、音源を聴いてくださる方、本当にありがとうございます。
(ヘッドフォンなどで聴くことをオススメします♪)

  1. 2014.8.14 Kumo no Yume - 2 maaru (mimu) 1:33

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Posted by まさえ